- REPORT
2026.05.12
スタートアップの“新たな潮流を創る” 「FROM KYOTO(フロムキョウト)」イベントDAY5レポート
スタートアップの新たな潮流をつくることを目的に、京都が誇る先駆的なテーマを送るカンファレンス&ネットワーキングイベント「FROM KYOTO」をCIC TOKYOにて2025年12月計6日間開催しました。
DAY5「カルチャープレナーが創造する新たな価値~ビジネスの可能性から社会疫学まで~」の様子をお届けします。
登壇者
梶本 大雅 氏(株式会社オトギボックス 代表取締役 プロデューサー)
近藤 尚己 氏(京都大学 大学院医学研究科 社会疫学分野 教授)
清水 宏輔 氏(株式会社Casie 取締役共同創業者)
進行
足立 毅 氏(一般社団法人日本カルチュアプレナー協会 代表理事)
桑原智美(京都市文化市民局文化芸術都市推進室文化芸術企画課 担当係長)
※所属・肩書は当時のものです

カルチャープレナーが描く、文化と経済が共存する社会像とは?
京都の歴史と自然、そして地域の温かさが織りなす独特の文化空間。そこで生まれる交流や感動は、社会に豊かな彩りを与えています。
健康インパクト評価(HIA)は、こうした文化の価値を「見える化」し、地域のニーズや人々のつながりをさらに深めていくための鍵となります。
「文化」という資本の循環
足立 カルチャープレナーである皆様のサービスを利用されている方の声を教えていただけますか。
梶本 オトギボックスの公演には3年、4年と通い続けてくださるリピーターの方が少なくありません。理由を聞くと、「ただただ楽しみだから」という声が一番多いですね。こちらも子どもたちの成長を間近で見られることが嬉しく、「大きくなりましたね」と自然に会話が生まれます。アンケートで印象的なのは、「演奏や絵本に感動した」という感想と同じく、「子どもの泣き声があって安心できた」という声が多いことです。泣いてもいい、動いてもいい。そうした心理的安全性が担保された空間だからこそ、親御さんも含めて心から楽しめているのだと思います。
年上の子を持つ家庭にとっては、「うちにもこんな時期があったな」と懐かしさを感じる時間になりますし、赤ちゃん連れの方にとっては、「これからこんなふうに育っていくんだな」と未来を重ねる時間になる。世代や立場を超えて、同じ空間で感情を共有できる場になっているのかなと感じています。
清水 利用者の声はさまざまですが、最近増えているのが、法人利用の方からの「社員同士の関係が良くなった」という声です。絵画というと空間がおしゃれになるといった視覚的な効果を想像されがちですが、それ以上に大きいのは、実は「絵を選ぶ」というプロセスそのものなんです。
複数人の職場で何点か作品を借りると、誰かが選び、誰かがそれを見る。その中で、「この作品いいね」といった、仕事とは直接関係のないコミュニケーションが生まれます。忙しい職場ほど、日常の会話が不足して些細なことで摩擦が生まれやすい。でも、絵を介すると、人間関係が少しマイルドになる。そうした変化を、離職率が高い職場から聞くことが増えています。
足立 今のお話を聞いていると、単に「音楽が良かった」「絵がきれいだった」という次元を超えて、人と人の関係性そのものに作用しているように感じます。この点について、近藤先生はどのようにご覧になりますか。
近藤 お二人の活動を見ていて、「文化という資本が循環している」と感じています。文化が人と人をつなぎ、その価値がきちんと評価され、お金としても回っていく。その循環がすでに起きているのが素晴らしいですね。
特に印象的なのは子どもの存在です。先ほどの講演で「感情のおもちゃ箱」という表現がありましたが、私は大人にも感情のおもちゃ箱が必要だと思っています。職場で絵を選ぶ中で感情が交わる。そこに、ちょっとした遊びや余白が生まれる。文化が、人の心をほぐす装置として機能しているのだと思います。

足立 オトギボックスで選ばれている絵本は、子ども向けでありながら大人に強く響くものも多いですよね。恐竜の絵本では、親御さんが涙を流される場面も見てきました。
梶本 沖縄で行った公演でも2〜3歳くらいの男の子が目頭を押さえている横で、お母さんがハンカチで涙を拭っていたんです。作品を通して、親子が同じ感情を共有している。その体験が積み重なっていくことで、きっと帰り道や日常の中に対話が生まれていくんだろうなと思います。だからこそ、あえて少し難しい絵本も選んでいるんです。将来、その子がまた読み返したとき、違うメッセージを受け取れるといいなと考えて。
「アートの民主化」で文化の裾野をさらに広げる
足立 これまでの活動で、京都という場所での経験や、企業との協働を通して印象的だった出来事、またそこから感じた文化的な価値について教えてください。
清水 京都というまちの存在は非常に大きいですね。まだ十分に活用されていない素晴らしい場所や空間が多く、アートを展示することで、まち全体に還元できる余地があると感じています。企業単体との連携ももちろんありますが、京都市というまちと関われること自体が大きな価値になっています。
企業との連携で印象的な場面があります。ある銀行で社員向け鑑賞会を行った際、30点の中から選ばれた3点がすべて風景画で、色味も似ていました。それを見て支店長さんが「みんな少し疲れているのかもしれませんね」と話されていて。
同じコミュニティにいる人たちの状態が、絵を通して浮かび上がる。アートには、そんな側面もあるのだと感じています。
近藤 私自身、絵画やクラシックに幼い頃から親しんできたわけではなく、敷居の高さを感じてきました。だからこそ、Casieのように、アート鑑賞を特別な場所ではなく、和やかな日常の空間で体験できる仕組みはとても意義深いと感じています。
いわば「アートの民主化」であり、これまで文化に触れる機会が限られていた人たちにも、その入り口を開いている。こうした取組を、感覚的な評価だけで終わらせず、みんなで言語化し、必要に応じて数値も用いながら広げていければ、文化の裾野はさらに広がっていくのではないでしょうか。
梶本 オトギボックスでは、連携した企業の採用につながった事例があります。育休中の社員の方が来場され、久しぶりに職場の仲間と再会する場面もありました。仕事の顔ではなく、「親の顔」で再びつながる。そのような継続的な関係性が生まれること自体が、文化的な価値だと感じています。

文化とは心にアプローチするもの
足立 近藤先生は、文化体験に参加する人たちと一緒に「健康インパクト評価(HIA)」という取り組みをされていますね。
近藤 HIAでは、参加者や運営側など、立場の異なる人たちが「どんな効果を感じたか」「どんな価値がありそうか」を話し合い、その結果をもとに、サービスや取組をどう改善できるかを考えています。
そのプロセスを通じて、これまで見えていなかった価値に気づいたり、逆に「実は届きづらい人がいる」という課題が浮かび上がることもあります。まず実際に体験してもらい、「どんな変化や効果がありそうか」を参加者同士で言葉にしていきます。
さらに掘り下げると、例えば市場性や地域差、都市部と農村部でのニーズの違い、クラシックやアートに触れる機会がどれくらいあるのか、といった問いも自然と出てきます。こうした視点は研究者や行政が考えるものになりがちですが、市民自身の言葉として出てくることが重要だと思っています。そうすることで、文化施策も「自分たちの地域のもの」として捉え直され、アートを一緒に育てていく感覚が生まれていくからです。
足立 私も何度か参加しましたが、「自宅から会場までどれくらいかかるか」という質問が印象的でした。30分以内なら参加できるけれど、2時間かかるなら来なかった、という声も多くありました。
文化体験は身近さが大切ですし、チケット代や障害の有無など、参加のハードルについても自然と議論になります。近藤先生がおっしゃるように、これは医療的な評価というより、行政と一緒にPDCAを回していく視点に近いと感じました。
近藤 アートや文化の本質は、感情や心のやりとりにあります。作品は、人に見てもらって初めて価値が生まれ、その関係性の中で共感が育ちます。血圧が下がれば健康、という話ではなく、誰とつながり、どんな人生を送りたいのかまで語れる場をつくること。その延長線上に、「カルチャープレナーのサービスを利用しようか」といった行動が生まれるのだと思います。
足立 私自身は当初、オトギボックスさんやCasieさんのようなカルチャープレナーをビジネスの観点から応援する立場でした。ただ、近藤先生とご一緒する中で、文化は心に働きかけるものだからこそ、その価値をどう見える形にするかが重要だと気付かされました。

京都というブランドが活動を後押ししてくれる
桑原 最後に、お二人が、京都で活動していくなかで「ここでやっていてよかった」と感じるのはどんな点ですか。
梶本 一言で言うと、全部ですね。私はもともと大阪で起業し、その後会社ごと京都に移りました。大阪や東京で企業の方と話すと、「教育や芸術で事業をするなら、どれくらいリターンがあるのか」という、いわゆる商売の文脈で話が進むことが多かったんです。
一方、京都では「文化的にとても良いことをしている。一緒にやりましょう」と言っていただける場面が圧倒的に増えました。京都というまちそのものが、文化的な取り組みを正面から受け止めてくれる。言葉にすると抽象的ですが、その空気感には本当に助けられています。加えて、人との距離が近く、困ったときにはすぐに相談に乗ってくれる。人のつながりに支えられながら、安心して挑戦できる環境だと実感しています。
清水 大きく三つあります。一つ目はコミュニティです。外から見ると京都は入りづらい印象を持たれがちですが、実際に関わると、とても温かく、つながりが強い。安心していろいろな挑戦ができる土壌があります。
二つ目は場所の力です。重要文化財のような特別な空間で展示やイベントを行うハードルが、ここ数年で驚くほど下がりました。これは他の都市ではなかなか得られない体験です。
三つ目は海外との関係性です。海外から日本を訪れる方は、東京、大阪を経て京都に来る頃には「文化を体験するモード」になっています。その状態で作品に触れてもらえるので、京都というブランドが自然と後押ししてくれる。文化の聖地としてのイメージが、事業にも大きく寄与していると感じます。

近藤 私は東京出身ですが、単身赴任で京都に来て、自然との距離の近さに心地よさを感じています。時間があれば山に入り、キノコを採ったりするのですが、京都の文化は、まさに自然との対話の中で育まれてきたものだと思います。長い時間をかけて形成されてきた歴史が、今の文化の厚みにつながっているのではないでしょうか。
足立 どのまちにも、その土地ならではの魅力はありますが、ぜひ京都を起点にさまざまな地域とつながっていけたらと思います。
全国には、自覚のないままカルチャープレナーとして活動している方も多いはずです。参加の方の周りにも、「この人は文化を軸に事業をしているな」と思う方がいれば、ぜひ声をかけていただきたいですね。
近藤 京都というと、伝統芸能やお茶といったイメージが先行しがちですが、サブカルチャーや新しい表現も含めて文化です。まだ十分に光が当たっていない文化的な取組をしっかりサポートしていきたいですね。
