- REPORT
2026.05.12
スタートアップの“新たな潮流を創る” 「FROM KYOTO(フロムキョウト)」イベントDAY6レポート
スタートアップの新たな潮流をつくることを目的に、京都が誇る先駆的なテーマを送るカンファレンス&ネットワーキングイベント「FROM KYOTO」をCIC TOKYOにて2025年12月計6日間開催しました。
DAY6「京都に息づく老舗企業とゼブラ企業のエコシステム」の様子をお届けします。
登壇者
堤 卓也 氏(株式会社堤淺吉漆店 代表取締役)
畑 元章 氏(株式会社松栄堂 代表取締役社長)
益田 晴子 氏(IKEUCHI ORGANIC株式会社 セールスコンダクター)
進行
玉岡 佑理 氏(株式会社Zebras and Company/京都市ソーシャルイノベーション研究所 イノベーションコーディネーター)
大井葉月(京都市産業観光局スタートアップ・産学連携推進室)
※所属・肩書は当時のものです

京都が教える、千年先を見据えた持続可能なビジネス
千年の都・京都で続く企業は、何を守り、何を変えながら歩みを紡いできたのでしょうか。
大量生産・大量消費の時代に、あえて急がず、時間をかけて根付かせる選択は、どんな価値を未来へと手渡すのでしょうか。
ここでは「ゼブラ企業」の視点も交え、老舗から新興まで3人のキーパーソンに問いかけます―長期的な理想と日々の現実、その間で揺れながらも、価値のリレーを続けるとはどういうことなのか?あなたも一度、京都の店舗や工房を訪れ、その時間の流れを肌で感じてみませんか。
「価値のリレー」でバトンをつなぐ
大井 京都の老舗企業として長年、価値や伝統を受け継ぎ守ってきた畑さん、堤さんのお二人、そして京都を拠点にゼブラ企業としての歩みを進められている益田さんから講演をいただきました。玉岡さんは、普段、全国のゼブラ企業の方のお話を聞かれる機会も多いと思います。3人のお話はいかがでしたでしょうか。

玉岡 皆さんのお話を伺って強く感じたのは、京都で長年続いてきた企業、そしてこれからも続いていく企業は、単に「守ること」だけではなく、「変わり続けることで守ってきた」という点です。大量生産・大量消費が当たり前になった時代の中で、価値をどう再設計し、人の意識や行動を変えていくのか。その姿勢は、私が普段接しているゼブラ企業の考え方と重なる部分が多いと感じています。
まずは、京都の老舗企業の経営者である畑さん、堤さんに、「何を守り、何を変えてきたのか」。つまり、長い歴史や過程で壁と感じた時期、それをどう乗り越えたかも含めてお聞きしたいと思います。
畑 やはり一番大きかったのは戦争の時代です。原材料の約9割を海外からの輸入に頼る中で、まず材料が入って来なくなった。それ以前にも京都の大火があり、さらに遡れば、家そのものが傾きかけた時期もあったと聞いています。
それでも商売を続けてこられたのは、お客様がいてくださったからです。「松栄堂があってよかった」と言っていただける喜びを知っていたからこそ、残さなければならないと考えてきた。その時々で「これはやってはいけない」「ここは守らなければならない」という判断を重ねてきた結果が、今につながっているのだと思います。

玉岡 その結果、お客さんの手元にまできちんとバトンが渡っていって、「これは残っていってほしい」と思ってもらえているから、松栄堂さんのお香は形を変えながら今も続いているということなんですね。
畑 私たちはこれを「価値のリレー」と呼んでいます。原材料を仕入れる段階で、その価値をきちんと理解し、それを製造に生かす。製造の現場で積み上げてきたクオリティを、販売に携わる人間が正しく理解する。そして最終的に、その価値をお客様にきちんと届け、認めていただく。その一つひとつがバトンのようにつながっていて、どこかで落としてはいけないし、汚してはいけない。
このバトンをどうやって次につないでいくのかを、これまでの人たちも、そして今の私たちも真摯に考え続けてきた。その積み重ねが、今の松栄堂を形づくっているのだと思います。
限りある資源と「足るを知る」精神
玉岡 漆もまた、1万年という長い時間の中でバトンが渡されてきた素材とお聞きしました。堤さんが漆に向き合い続ける理由はどこにあるのでしょうか。
堤 私たちの仕事は、山で漆を育てる人とそれを使う職人の間に立ち、関係をつなぐことだと思っています。かつて漆は当たり前に使われていましたが、分業が進む中で自然素材としての価値よりも技術的な側面が強調されるようになりました。本来、暮らしの中にあったものが、工芸品として遠い存在になってしまった部分もあります。
私たちが目指しているのは、漆の木を育てる人がきちんと報われ、持続的に関われる状態をつくることです。そのためには、漆が一部の専門家だけのものではなく、使い手が広がっていく必要があります。

玉岡 使い手が増えることで漆が使い続けられていくということですね。堤さん自身は、「漆が残っていく価値」についてどう考えていらっしゃいますか。
堤 一番大きいのは、「時間軸に思いを馳せられる素材である」という点です。漆の木は植えてから使えるまでに15年かかります。一見すると非効率で、生産性の低い仕事に思えました。しかし、漆や自然に深く関わる中で、自分自身の時間感覚が変わっていきました。林業の方々と話すようになると、50年、100年という時間軸が当たり前のように存在しており、そのスケールの中に身を置いたときに、そこにこそ価値があると感じるようになったんです。
そして、この「長い時間軸」に加えて、漆は一本の木から採れる量が限られているという特徴があります。だからこそ、「これ以上取れば無くなってしまう」、「無ければ我慢する」、「無くなる前に備える」といった、限られた資源との向き合い方を自然に考えさせられます。これは、日本人が古くから持つ「足るを知る」という精神に通じます。私は、この精神性こそ、今の時代に必要な価値だと感じています。漆はその象徴であり、現代だからこそ生きる意味がある素材だと思うのです。
玉岡 漆という素材の話から、暮らしや生き方の本質的な部分にまで広がっていくのがとても興味深いです。益田さんも「足るを知る」という考え方に深く共感されていました。オーガニックコットンも非常に希少な存在だと伺っています。益田さんが、その価値や希少性にこだわり続ける理由を教えてください。

益田 世界のコットン市場におけるオーガニックコットンのシェアはようやく1%に到達したところです。なぜその「1%」にこだわるのか—その原点は、「原材料がどのように作られているか」という現実を知ってしまったことにあります。
一般的なコットン栽培では、かなりの量の農薬や化学肥料が使用されています。それらは雨とともに土に染み込み、川から海へ流れ、最終的には大気へと戻っていきます。その循環の中で環境負荷が蓄積されていく現状を目の当たりにしました。そうした生産背景を考えると、今のままでは次の世代に同じ素材を変わらず残していくことはできません。その想いひとつで、私たちはオーガニックコットンにこだわり、ものづくりを続けてきました。
玉岡 環境への影響を知ってしまったからこそ、その素材にこだわり続ける。とても強い覚悟を感じます。では、そのオーガニックコットンでつくるタオルには、どんな想いが込められているのでしょうか。
益田 タオルは、生まれた瞬間に赤ん坊を包み、人生の最期にも人の体に触れる—そんな身近で大切な生活道具です。日常では「拭ければよいもの」として流されがちですが、実際は毎日使い、人生の時間を共に刻む存在でもあります。だからこそ、その時間が心地よいものであれば、人生全体の質も少しずつ豊かになっていくと私は信じています。
私たちは、この小さな心地よさの積み重ねが人の感情や行動を落ち着かせ、やがて社会全体に良い影響をもたらすと確信しています。

玉岡 皆さんそれぞれが、素材や製品を通して大切な価値を次の世代へ残そうとされています。けれども、長く続く理想を描く一方で、日々の事業を維持し、地域や社会との関係を保っていく現実もありますよね。長期的な視点と足元の現実、その両方をどのように見つめ、バランスを取っているのかをお聞かせください。
京都のまちの距離感と緊張感
畑 お香を博物館に収められるものにせず、「使われ続ける存在」にしたいという思いがありますし、代表として会社を次世代に渡したいと考えています。どんな会社であるべきかは大きな課題ですが、結局は足元を見つめ、どのように立っていくかということが大切です。従業員が「一緒に頑張ろう」と言ってくれるか、外に出たときに京都のまちで「おはよう」と声をかけてもらえるか—そんな日常の人との距離感が、現実を見るきっかけになっています。京都は距離が近い分、緊張感もありますが、それが現実を見失わないための大切な装置になっていると感じます。
私自身、この距離感や他者からの視線を重荷に感じたこともありました。しかし、それこそが京都で商いを続ける力になってきたと今は思います。千年の都で、長く受け継がれてきた文化や作法に囲まれながら、自分たちのものづくりを続けられていることに感謝しています。
価値を守るためのビジネスの形
堤 私の場合、目的は単に稼ぐことではなく、残したい価値を持つ素材を続けるための手段としてビジネスを行うことです。漆には採取量に明確な限界があり、近年はプラスチックの代替素材として注目されています。しかし、もし漆が大量生産されて使い捨てされるようになれば、その本来の価値は失われます。
だからこそ、「どう使われ、どう向き合われる素材なのか」を常に伝え続けることを大切にしています。漆は長い年月をかけて育ち、少しずつしか採取できない素材です。その時間の重みや限りある量を意識しながら、それを生かす形で事業を組み立てることが、私にとってのバランスの取り方です。価値を守るための経済活動であり、経済を回すために価値を変えることはしない—この軸だけはぶらさないようにしています。
急がない広がりが未来の価値を育てる
益田 今日この場のように、商品に込めた価値やストーリーを先にお話しすることもありますが、私たちはまず「ただただ気持ちいいタオルを作ること」を大切にしています。うちのタオル、本当に気持ちいいんですよ。長持ちして、水もよく吸う。使うたびに「ああ、いいな」と感じてもらえるタオルを作りたいんです。
その「気持ちよさ」には、素材や製法、職人の愛情が宿っています。お客様がその背景に気づくことで、より深く共感してくださいますし、ときにはホテルや企業、育児に関わる方々など、同じ価値観を持つ方々が「うちでも使いたい」と言って採用してくださることもあります。そういう広がり方が、とても嬉しいですね。
そして、この「気持ちよさ」のためにチョイスしているのがオーガニックコットンです。私が入社した2014年当時、世界市場に占めるオーガニックコットンの割合は約0.7%でしたが、10年かけてようやく1%を上回りました。素材づくりには時間がかかりますし、その普及の速度も決して速くはありません。でも、この緩やかな広がり方には意味があると感じています。
玉岡 急がないことに価値がある、ということですね。
益田 はい。オーガニックコットンの広がり方は、京都というまちやものづくりの時間軸ととても相性がいいと感じています。300年続く老舗企業が当たり前に存在する京都で、あえて急がないことの価値を京都で学ばせてもらっています。
玉岡 ありがとうございます。私も京都市さんと一緒に「1000年を紡ぐ企業認定」という取組を行っていますが、皆さん3人とも、千年という枠を超えた京都ならではの時間軸で、地球や暮らしを見つめながら事業をされていることが強く伝わってきました。お話を聞くだけではなく、これは実際に体感しないと分からない部分も多いと思います。京都を訪れ、店舗や工房で、そのストーリーに触れてみてはいかがでしょうか。