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2023.03.17
京都醸造株式会社~京都から新しいクラフトビール文化を創る~
イギリス、アメリカ、カナダ出身の3人が、2015年に創業した京都醸造。東寺の南、閑静な住宅街の一角に立ち上げた醸造所を拠点に、地域に溶け込みながら着々とクラフトビール文化を育んでいます。共同創業者の一人であるベンジャミン・ファルクさんに、京都でビジネスをする魅力や心構えなどについて、じっくりとお話を伺いました。
(取材日:2023年2月21日)
プロフィール
ベンジャミン・ファルク
京都醸造株式会社 共同創業者・最高商務責任者 イギリス・ウェールズ出身。大学卒業後、2005年にJETプログラムに参加し、青森で英語を教える。人材紹介業を経て2015年、青森で出会った友人と3人でクラフトビールを製造する小規模醸造所「京都醸造」を創業。共同経営と、主に営業を担当している。
「とりあえずビール」を変えていきたい
-まずはベンジャミンさんの京都歴と、京都のまちの魅力を教えてください。
2003年、イギリスの大学から交換留学生として京都外国語大学で学んだのが初来日でした。夏休みに3週間だけでしたが、良い思い出ばかりでした。卒業後、海外で仕事をしてみたいと思って、2005年に日本の学校で英語を教えるJETプログラムで青森へ。そこで共同創業者であるクリスとポールに出会って友達になりました。その後クリスが京都に引っ越し、僕とポールは東京で働いていたのですが、よく京都に遊びに行っていました。当時感じたのは、歴史がある建築物によってまちの雰囲気が作られているところ。そこそこ大きいまちでありながら山が近くて川があるのも魅力ですね。今は京都に住んでいるので、京都一周トレイルや鴨川散歩を楽しんでいます。
-青森で出会った3人が、京都で起業した経緯は?
クリスはアメリカにいた頃、ビール造りの趣味があり、日本に来てからはそれを仕事にしたいと思っていました。ポールは以前から起業したいという気持ちがあり、金融業界で働きながらMBAを取るために大学院に通っていました。僕は人材紹介業をしていたのですが、東京でもクラフトビールのお店が増えてきて興味を持っていたのです。そこで3人で醸造所を立ち上げようという話になり、クリスが醸造、ポールが財務とIT、僕が営業とそれぞれ役割を決めて、2015年に創業しました。
-なぜ創業地に京都を選んだのでしょうか?
もともと僕自身が気に入っているまちであったことと、クリスがすでに住んでいて醸造所を立ち上げるのに京都が理想的だと話していました。職人のまちで、食文化にもこだわりがある印象が強く、クラフトビールが知られたらビールにもこだわる人が増えるんじゃないかと思ったのです。僕たちは癖のあるビールより、バランスの取れた味わいのビールが好き。いろんな料理に合わせやすく、二杯目以降も続けておいしく飲めるからです。京都には京野菜とフレンチなどいろんなフュージョン(多国籍)料理がありますし、伝統を尊びながらも外からの影響を受けて京都らしく作るところがあります。そういう面でも私たちのビールは、京都の食文化に合わせやすいのではないかと思いました。ただ、お店にワインや日本酒のリストはあっても、ビールは大手メーカーのものしか置いていない場合が多い。京都は食材も飲み物もこだわっているのに、それはもったいないと思うので「とりあえずビール」というビール文化も変えて、京都から新しくクラフトビール文化を創っていきたいです。
-会社のセールスポイントや商品の特徴を教えてください。
当社はビールの原料にベルギー産の酵母と、主にアメリカ産のホップを使い、伝統を大切にするベルギースタイルと、新しいスタイルを次々に生み出すアメリカのクラフトビールの良さをかけ合わせた、オリジナルのクラフトビールを造っています。 ベルギーのビール文化をベースにした醸造所は、日本ではうちが初めて。日本のクラフトビールになかった新しい製造スタイルを始めたのがセールスポイントです。商品の特徴は、定番の「一期一会」はかなりドライな飲み口ですが、フルーティさがあって幅広く料理に合わせやすい。一般的にIPA(ホップを大量に使うビール)は苦味がありますが、うちの「一意専心」はあまり苦すぎないように味わい深く、揚げ物やスパイス系と相性が良い。「黒潮の如く」(黒ビールの一種)はカカオのような味わいでスイーツにも合いますよ。
社名に「京都」の名前を入れた理由は
-実は京都はビール好きのまちで、さらにパンや牛肉、コーヒーの消費量も高く、洋食や新しいものを好むまちです。そのユニークさを実感することはありますか?
日本の他都市と比べて、京都は今クラフトビール専門店が多いですね。創業一年目はまだ専門店の数が少なかったので、京都市内で売れたビールは全体の1割もなかったのですが、そこから2019年頃には4割以上になりました。生産量もその時点で3倍以上増えたので、新しいものが受け入れられたと実感します。それに京都は他の都市に比べると、チェーン店よりも個人経営のレストランが多い印象があります。どこの店で誰が作っているというような、こだわりを大切にしているまちだなと感じますね。
-京都で造るからこその価値をどのように捉えていますか。
京都は伝統的な職人文化がいろんな業界にあって、質の良いものを作るまちという印象があるので、「京都」の名前自体が大きな価値だと思います。ただ正直、会社名に京都の名前を使うかはすごく悩みました。プレッシャーもあるし、京都の人たちからどう見られるかの心配もありました。しかし考え抜いた結果、社名を「京都醸造」にしたのは、京都にふさわしいビールを本気で造るなら、名前を使ってもいいのではないかと思ったからです。
-ビジネスや商品アイデアなどで、連携の事例はありますか?
京都の地元の方々とコラボレーションしてビールを造る「ご地愛」というシリーズがあります。例えば宇治茶の堀井七茗園と組んで、お茶とビールをかけあわせた「ハレ」と「ケ」という二つの商品を造りました。京都市内のクラフトビール専門店や飲食店とコラボした例もあって、向こうからの依頼や、うちから提案する時もあります。シリーズの利益分は地元に寄付しています。これまで醸造所を続けて来られたのは京都のまちのおかげですから。
また創業時から、環境により優しい選択を心がけてきました。ビールを造るのに、一回の仕込みで500-800kgの麦芽カスが出ます。そのカスは少しずつ土に還るので、地元の農家と組んで畑の肥料などに使われています。京都市動物園とも連携して、動物たちの飼料にも活用されています。
-商品名称に美しい日本語を使われていますが、何かこだわりがありますか。消費者の評判はいかがですか?
日本のクラフトビールは英語もしくはカタカナの名前が多いですが、母国語が日本語だと、英語名にあまり意味を感じないのではないかと思うのです。何々ラガーとか、ビールのスタイルが商品名に使われたりもしますが、飲む前にどんな味かを決めつけてしまう部分があります。僕たちは何より、コンセプトを伝えたい。漢字にするとビール造りに対する思いは一部伝えられるし、コンセプトの文章を読んでもらったら、なぜこのビールを造ったかを想像してもらえると思います。ネーミングはお客さんからも褒められます。コンセプトを読むのも一つの楽しみと言われることもありますね。
近所の人たちを大事にする、ちゃんと伝える
-醸造所の建物は、元は材木工場だったと伺いました。どのようにして物件を見つけられたのでしょう。
立ち上げ時、クラフトビール業界の人たちから、ある程度大きい規模の設備でスタートしたほうがいいとアドバイスを受けました。小さく始めると拡大する時に移動が大変ですし、設備が変わるとどうしても味が変わってしまうからです。そこで建物の大きさを指定して不動産屋で物件を探し、見つけたのがここ。四角い建物の構造がビール製造に向いていると思いました。天井が高く2階もあるので、2階の粉砕機で麦芽を粉砕して直接1階の仕込み機に落とせる。仕込んで発酵させて寝かせて、樽に入れて積んで、出荷してという流れの効率も良いです。
-外国人が京都で起業される際、困ったこと・良かったことを教えてください。
外国人3人で会社を立ち上げて、初めはいろんなハードルがあるんじゃないかと心配しましたが、意外とスムーズでした。税務署や保健所とのやりとりも、日本語が母国語だったらもっと簡単だったとは思いますが、早い段階から手続きを始めたらサポートしてもらえるし、外国人だからといって困ったことは特にないですね。良かったことは、地域がすごくサポートしてくれるところです。近所の人たちはオープンでフレンドリー。タップルーム(醸造所併設の自社ビールを飲める場)に常連で来てくれて、他所から来た人たちが話しやすい雰囲気を作ってくれています。この地域で醸造所を立ち上げて、本当に良かったですね。
-これから京都で起業したいと思っている外国の方へのアドバイスをお願いします。
外から見ると京都は保守的で入りにくいと思われますが、互いによく知るようになったら、いくらでもサポートしてもらえるところがありますね。京都の場合、新しく立ち上げる時に周囲に何も説明がない状況を好まないです。クリスは京都に長く住み、近所付き合いの大切さをよくわかっていたので、計画時からきちんと伝えて回り、工事期間も3回ほどかけて、ここで何を造ろうとしているか、どんな音やにおいがするのかを説明しました。それはやって良かったと感じますね。近所の人たちを大事にすると、その分は返ってきます。僕たちの経験がそれを物語っていますよ。