What if I work and
live in Kyoto…

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2022.02.28

京都の「ヒューマンスケール」がとても心地いい 仕事も暮らしも豊かに楽しめるようになった

京都市では、「京都で暮らし、京都から働く」新しいワークライフスタイルを提案している。コロナ禍によってリモートワークが広く認知された今、場所にとらわれず、暮らしを大切にしながら自分らしく働く生き方が注目を集めている。カルチャーデザインファームで働く井上裕太さんと、日本とインドネシアの伝統的な工芸を融合させたライフスタイルブランド「kras」代表で作家/デザイナーの翔子さん夫妻は2017年に東京から京都に移住。「京都に来たことが良い変化をもたらしてくれた」と話す二人の「京ワーキング」と京都の魅力とは?

井上裕太さん・翔子さん夫妻。4年ほど前から京都御所からほど近いマンションで暮らす。

プロフィール

井上裕太(いのうえ·ゆうた)

カルチャーデザインファームのKESIKIパートナー。マッキンゼーを退社後、独立し、企業変革を支援するほか「WIRED」誌の北米特派員を兼務。その後TBWA HAKUHODOを母体としたスタートアップスタジオ・quantumを設立。イノベーション支援及び共同事業開発・投資を統括。その後KESIKI創業に携わり、2020年より正式参画。事業創出や組織改革などのプロジェクトを主導する。グッドデザイン賞審査委員も務める。また、文科省初の官民協働プロジェクト「トビタテ留学JAPAN」の発起など、産学官民連携の経験も豊富。

井上翔子(いのうえ·しょうこ)

kras代表。作家/デザイナー。krasは、日本とインドネシアの各地に伝わる伝統的な工芸と手しごとを混ぜ合わせ、家具や雑貨、茶道具などのオリジナルプロダクトを通して、暮らしに“ゆるやかさ”を届けるクラフトライフスタイルブランド。現在、京都のアトリエを拠点にバリ島やジョグジャカルタに工房を持ち、日本とバリ島の文化と技術を融合した作品を制作。

コロナ禍でリモートが広く受け入れられ、京都で働く不利益がなくなった

―そもそも東京で仕事をされていた裕太さんと翔子さんが京都に移り住まわれた理由は?

翔子さん
きっかけは私の家族の事情でした。東京から、私の大阪の実家の近くに引っ越そうと。

裕太さん
それで僕が「京都あたりに引っ越す?」と。幸い、僕の仕事は比較的どこの場所にいても自由にできるし、翔子も会社勤めでなく、自身で家具や雑貨のブランドをしていたので比較的動きやすかったこともあり、2017年に夫婦で引っ越しました。

翔子さん
京都なら実家と同じ関西圏だし、実家とも程よい距離感が保てそうだな、と。

裕太さん
僕は東京育ちで国内ではほかの街で暮らしたことがなかったから、一度、ほかの街で暮らしてみるのもいいな、と。仕事で全国各地を訪れましたが、京都は雰囲気が独特。いい意味でのコンパクトさがあり、明らかに東京とは違うコンテンツがたくさんある。街並みもゆったりしていて、京都で暮らしてみるのもいいな、と以前から漠然と思っていたんです。

―いきなり京都に移住するのはハードルが高くなかったですか。

翔子さん
私は実家との移動が随分ラクになりましたが、裕太が大変そうでしたね。

裕太さん
たしかに、京都に住み始めた当初は仕事面では大変でした。仕事の拠点は東京なのに、東京の家を引き払ったので、週の半分はホテルやオフィスに泊まり込む毎日。週の前半は東京、後半は京都と上手く分けられたら理想ですが、クライアントの都合で水曜まで東京にいて京都に帰ったら、また金曜に東京に呼ばれて…ということも。当時からzoomもありましたが、当時は年配の方ほどリモートでは誠意が見えないと(笑)。

―その点では、コロナ禍でリモートワークが認知されたことは大きかったですね。

裕太さん
まさに!リモートが社会に受け入れられた結果、もはや青山からでも京都から会議に出ても同じですから(笑)。出張は今もありますが、京都は東京から意外と近いんです。市内中心部からなら京都駅までタクシーで20分以内だし、新幹線に乗れば2時間で東京。思い立ったらすぐに行ける距離です。

2022年、KESIKIの京都スタジオをオープン。土間から庭を眺める。krasも入居している

東京は「瞬間」の活躍が取り上げられるけど、京都では時間軸も問いも違う

―コロナ禍以降は「京ワーキング」で不自由を感じることはほとんどないですか?

裕太さん
僕の場合、京都で仕事する不利益は見事になくなりましたね。今でも仕事は東京中心なので、内容が劇的に変わったことはないです。でも、翔子の場合は仕事の在り方やブランドの方向性が京都に来てから明確に変化し、大きく進化したよね。

翔子さん
京都に来てから、ブランドを「プロデュース」する立場から「作家」に軸足が移りましたね。今は茶道具を入れるお仕覆の制作が主体になるなど、中心となるプロダクトラインまで変わりました。東京ではバリ島の雑貨や家具ブランドのデザインやプロデュースを中心に活動していましたが、京都に来てからやっぱり私は「自分の手で作る」ことが好きなんだと実感しました。

―それはなぜですか?

翔子さん
モノづくりの職人さんが身近にいるのが大きいですね。飲みに行くと、組み紐を作る若い職人さん、能面師さん、鏡師さん、三味線作りの方など、本当によく職人さんに出会うんです。

裕太さん
びっくりするほど出会うよね。東京では、モノづくりやブランドに携わるとまず聞かれるのが売り上げや顧客数。ところが、京都だと「なぜそれを作ったか」「どんな工夫をしたか」「この先、どう練りあげて持続させるか」という話になるんです。職人の方々は、技術や様式美を徹底的に追求し、何代も前から受け継いだ仕事をどう進化させられるかを常に考えている。東京では目で見える数字など「瞬間」の活躍に目を奪われがちだけれど、京都では時間軸が違うし、問いも違う。じっくりと自分がすべきことと向き合える気がします。

―モノづくりの原点に戻る感じ?

翔子さん
そうです。東京にいた頃は、私個人としてはそこまでブランドを大きくさせたいと思っていなくても、数字で結果を出さなきゃ、もっと頑張らなきゃ、と、どこかでプレッシャーを抱えていた。それが京都でモノづくりに正面から真摯に向き合う職人の方々を見て、ブランドを大きくするよりも、自分が魂込めて作ったものが喜ばれることのほうがうれしいし、大切だということがクリアになったんです。家族の事情でしばらく仕事をセーブしたのも大きかったですね。納品できる分だけを制作することで、製作そのものに集中して、心のバランスを取ることができ、「私は作るほうが向いているんだな」と。

裕太さん
とかく東京だとバックグラウンドや経歴が重視される。京都では作家らしい経歴がなくても作品だけを見て認めてくださる方々がいた。これはすごいことだな、と。京都は敷居が高いイメージがあるけれど、作品そのものを評価してくれる。モノを作る人には京都は懐が広くて温かい場所だよね。

翔子さん
京都では、作品そのものや価値観の一致で門が開かれるんだな、と実感しています。そして、門が開いたら家族のように受け入れてくれる。京都の人はよその人や新しいものを受け付けないイメージがあるけれど、そんなことはなくて。むしろ、オープンで、新しいものを作る気概のある人を求めていると感じます。

―京都は敷居が高い、閉鎖的というイメージもありますが。

裕太さん
生活するうえでは特に感じないですね。例えば、前提や歴史を無視していきなりアバンギャルドな呉服屋さんを京都でやるとなると難しいかもしれませんが(笑)。

人間国宝で染織家の志村ふくみ先生のお孫さんによる「アトリエシムラ」とコラボレーションした作品も手掛けている。
インドネシアに伝わる天然素材アタの籠にアトリエシムラの裂を取り付け、茶籠に。

―裕太さんは京都に来てから変化はありましたか。

裕太さん
考え方や価値観が大きく変化しました。以前は僕の仕事は新たなテクノロジーから新事業や新規プロダクトを作り出す仕事が中心で、いかにスケールするかが重要視される世界でしたが、今は「短期にどれだけ成長させるか」というより「長く愛されるような組織や会社をどうデザインするか」というアプローチに変わりました。これは、今この時の人気や評価より自分が長く向き合えるものをとらえるようになった翔子と符合する部分があるかと。

―長いスパンで企業の成長を考えるようになったということでしょうか。

裕太さん
そうです。たとえば、東京にいた頃は考えてもみなかった事業承継の仕事にも関わっています。地方では事業承継は大きな問題の1つ。跡取りのいない会社を次世代にどう受け継ぐか、永続的に文化を醸成させるにはどうしたらいいか。大企業の巨大案件もやるけれど、歴史ある企業をどう進化させていくかということにも興味を持ち、今はそれが自分の軸足の1つになっています。そうしたことから、僕がパートナーを務めるKESIKIのスタジオを京都に2022年にオープンしました。

京都は15分歩けば何でも揃う。この「ヒューマンスケール」が心地いいと体感している

―暮らしの面で、京都で不便さや逆に快適だと感じることはありますか。

裕太さん
今は京都御所の近くに住んでいますが、15分歩けばほとんど何でもあります。素晴らしい庭がある御所は近くだし、鴨川もすぐで水の音も聞きに行ける。さらに少し歩けば繁華街や百貨店が立ち並ぶ四条があって、必要なものは何でも揃う。一方で、街中どこからでも遠くに山が見える。このスケール感がちょうどいい。歩き回れる距離は人間にとって心地いいんだなと、京都に住んで初めて理解できました。

翔子さん
手が届く距離に何でもある京都には不思議な安心感があります。逆に、東京だと広すぎて目的を持ってある点からまた別の点へと移動する感覚で、面で味わえない。

裕太さん
そうだね。東京は街が大きすぎて、自分の身体感覚と離れている。よく建築家が「ヒューマンスケール」を口にするけれど、京都に住んで初めて体感しました。なるほど、落ち着くスケールとはこういうことかと。京都は街がコンパクトだから、自転車があればどこでも行ける。その感じがすごく落ち着くんです。

翔子さん
景色も暖かくて美しいですよね。自然とエネルギー溢れるバリ島出張から成田空港に到着すると、無機質でコンクリートの中に帰ってきて寂しい感じがしていた。色で言うとグレー。でも、京都だと木の建物が並んでいて、自然も豊かで落ち着きます。

京都に来てから「暮らし」を楽しむように。古い一軒家が欲しくなったのが一番の変化

―京都にいると暮らしも豊かになりそうですね。

裕太さん
京都は流れる時間もゆっくりだから日々の生活にも関心が高まり、東京の頃より家事を楽しんでするようになりました。あとは散歩を沢山しています。和菓子も季節感のあるものを選んだり、旬なものに敏感になったり。夏になると梅を漬ける季節だね、と暮らしを楽しむようになったなあ。

翔子さん
私は手作りが好きで、以前から味噌もフルーツのシロップ漬けも自家製。でも、東京のときはそうした作業をしている時間は、心のどこかで、仕事をサボっているような後ろめたさがあったんです。今はこうした暮らしもモノづくりやバランスを保つために重要なことだと素直に楽しめる。

裕太さん
あと、自分の中で大きな変化は「一軒家に住むのもいいな」と思ったこと。東京ではローンで家を買うなんて選択肢は一切なかったのに、京都で暮らしを楽しむことを覚えてから家がほしくなった。これは自分でも驚きの変化。「人生どうなるか分からないんだから、家は賃貸に限る」と考えていた僕が、庭に植えた梅の木が育って、花を愛で、実を漬けるような生活を今は空想している。家もピカピカの家でなく、3、4世代の前からの庭がよく育ったところを受け継ぐ形に興味が出てきて。

翔子さん
前は仕事と生活は別モノだからきっちり線引きしなくては、と思っていたけれど、今は同じ延長戦上にあるよね。

裕太さん
そうだね。生活と仕事がだいぶ混在するようになった。京都御所を散歩しながらリモート会議に参加しているとかね。京都だとそれでいいよ、と思える。

翔子さん
自分に対するダメ出しも減った。東京にいた頃は「倒れそうになるまで仕事しなきゃ」「成長させなきゃ」とストイックな生き方を課していたような気がするけど、今は上手に休めるようになりました。

さりげなく翔子さんにお茶を入れる裕太さん。ゆったりとした時が流れる仲睦まじい二人。

―京都にいることで自分にも優しく、ストレスを感じなくなった?

裕太さん
御所に散歩に出かければ、立派な桃や梅の木があり、緑豊かな庭がある。美しいお寺も近くにたくさんあるし、美術館に入れば国宝級の焼き物がある。東京だと土日に予定を作って計画立てないとできないことが、京都では身近にいくらでもあるんですよね。わざわざ予定を立てて目的地に行かなくても新しい発見や面白いコンテンツや知らなかった世界が京都にはあちらこちらにある。

翔子さん
引っ越すときは東京の友達と離れるのが寂しかったけど、京都だと友達が喜んで遊びに来てくれるんです。「東京で疲れたから京都で息抜きしていい?」と家に泊まってリモートワークする友達もいるし。

裕太さん
京都にはここにしかないコンテンツがたくさんあるよね。美味しいごはん屋さん、文化遺産、お祭りも!祇園祭も地元の人と行くと、一緒に文化を味わっている感覚になります。もちろん東京にしかない刺激もあるけれど、京都の魅力も語りつくせない!

リビングにはお神札が祀られている。京都らしく神聖な一角。

―そんなお二人にとって、最近お気に入りの休日の過ごし方は?

翔子さん
京都御所でピクニックですね。私たち夫婦といつも遊ぶ3人の仲間と行きます。メンバーそれぞれ得意分野があって、私が料理担当で、日本茶専門店社員の友達は料理に合わせたお茶をペアリング、もう1人はお酒、別の人はスイーツ。この豪華ピクニックがすごく楽しくて。

裕太さん
京都に来てから、また友達が増えるようになったよね。京都はコミュニティが小さいからか、新しい友達と家を行き来したり、家族ぐるみで付き合ったりすることが増えたね。この年になると、東京だと気さくに家を行き来するほどの友達ってなかなか新たには出会えない。京都では気軽に行き来する友達が増えましたね。

京ワーキングに不安があれば、まずは1か月間、京都で暮らしてみては

―では、これから京ワーキングを考える人に何かアドバイスはありますか。

裕太さん
仕事面のハードルはきっと以前より下がっているのでは。あとは、「本当に京都に暮らして大丈夫か?」という心理的なハードルですよね。少しでも不安があれば、まずは仮住まいから始めてみたらいいかと。1-2週間ほど宿に泊まりながら、自分の肌に街が合うかを見極めてから移住を考えてみる。コロナ前に比べると宿も安くなったから、まずは1か月生活してみる。実際、僕の周りでも京都暮らしを試している人が何人かいる。東京と京都の2拠点で活動しようか、という人もいます。

翔子さん
滞在の間、散歩やお店歩きしながら、街の雰囲気を見られるといいですね。京都だと店主の方とも友人のような距離感で付き合えるところも多い。よく通うお店の店主の方が私のブランドのお客さんになったり、「今日は二人のために柴漬けを作ったよ」とおみやげをくれたり。京都にいる時間が増えると、そんな居心地がいいシーンが増えてくるはず。私も1か月ほど暮らしてみることをお勧めします。

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