What if I work and
live in Kyoto…

  • INTERVIEW

2022.02.28

ビジネスタッグを組んだ起業家と禅僧 新しい価値の創造には「風と土が必要」

近年、名だたるIT企業やコンサルファームの拠点進出が続く京都。コロナ禍により場所に縛られない働き方が進む今、流れはさらに加速する気配を見せています。そんな中、起業家と京都の禅僧という異色のコラボレーションによって、京都を拠点とする株式会社InTripが、2020年に創業しました。禅を暮らしに取り入れるアプリ『InTrip』を開発した2人。伝統と革新、一見相反する思想を併せ持つ両名だからこそ見える、ビジネス拠点としての京都の可能性とは。

プロフィール

成瀬勇輝(なるせ·ゆうき)

連続起業家。米国バブソン大学で起業学を学んだ後、NOMAD PROJECTを始動。世界を回りながら起業家500人にインタビューを行い、ウェブマガジンにて発信。帰国後はウェブメディアTABI LABOを創業。2017年には「あらゆる旅先を博物館化する」をコンセプトに、トラベルオーディオガイド『ON THE TRIP』を立ち上げる。2020年7月、禅瞑想アプリ『InTrip』をリリース。著書に『自分の仕事をつくる旅』『旅の報酬 旅が人生の質を高める33の確かな理由』。

伊藤東凌(いとう·とうりょう)

臨済宗建仁寺派両足院副住職。株式会社InTrip代表取締役僧侶。建仁寺派専門道場にて修行後、15年にわたり両足院にて坐禅指導を担当。アートを中心に領域の壁を超え、現代と伝統を繋ぐ試みを続けている。アメリカFacebook本社での禅セミナーの開催やフランス、ドイツ、デンマークでの禅指導など、インターナショナルな活動も。7月には禅を暮らしに取り入れるアプリ『InTrip』をリリース。

起業家と禅僧がタッグを組む価値とは?

―まずは成瀬さんと伊藤さんが主体となって作られた、禅と瞑想音楽を体験できるアプリ『InTrip』が生まれた経緯について教えてください。

まるで京都のお寺にいるような本格的な禅体験を、場所や時間にとらわれずに実践できるサウンドメディテーションアプリ。伊藤住職をナビゲーターに、坐禅や瞑想に初めて触れる人にも選びやすい禅プログラムが豊富にそろう。

成瀬さん
きっかけは去年の2月。僕は『ON THE TRIP』というオーディオガイドアプリの会社をやっているんですが、コロナ禍における観光ビジネスのあり方を考えていたところでした。そのタイミングで、伊藤さんと電話する機会があって。

―おふたりは以前からお知り合いだったとか。

成瀬さん
5〜6年前に両足院の坐禅教室に、僕がプライベートで参加したのが出会いです。

―その頃から坐禅をされていたんですね。

成瀬さん
10年近く前から禅には関心を寄せていて、自分でも実践していましたね。ただ、それがコロナ禍でステイホームといわれるようになり、外になかなか出づらい環境になってしまった。
これからみんな、心落ち着ける場所をどう確保するのか、自分と向き合う時間をどうやってつくるのか。家の中でそれらを達成できるかが、今後重要になると思ったんです。モチベーションは上げるよりも下げない方が大事だし、元気とは、元の気に戻ることですが、自分と向き合う時間をつくると、どこでも自分でメンテナンスできるようになるなと。

―『InTrip』を開発するきっかけになったんですね。

成瀬さん
禅や瞑想を、暮らしの中に気軽に取り入れることができたらと。伊藤さんと一緒なら可能だと確信しました。そこからはすごいスピード感で、3ヶ月ぐらいでローンチに漕ぎ着けましたね。

―そんなに早い期間で立ち上げられたとは、驚きです。

成瀬さん
スピード感が結構ポイントですね。実はこういうのって、「なんか一緒にやろうよ!」とか言って、そのままプロジェクトが進まずに終わってしまうことってよくあるんですよ(笑)。

―短期間でクオリティやマネジメントを担保できたのはなぜでしょうか?

成瀬さん
なにより伊藤さんが、今まで15万人以上の人たちに坐禅を教える経験を持っていたのが大きいです。伊藤さんの頭の中にあるコンテンツが世界有数のものだった。それを今回アプリという形で世の中に届けることができました。伊藤さんとの対話をお裾分けするイメージでした。

成瀬さん
それと、UI/UX *1については、うちの会社が以前から寺社や美術館のオーディオのプログラムを作っていて知見がありました。伊藤さんが持っていたコンテンツの魅力と、うちの持っている技術力がうまくハマりましたね。

*1 UX(User Experience)とUI(User Interface)の略。ユーザーがプロダクトやサービスを通して得られた体験やユーザーとの間に現れるサービスやプロダクトの外観を表す言葉。

―伊藤さんはアプリ開発に至るまでどのような活動をされていたのでしょうか。

伊藤さん
私自身、2007年ごろから坐禅会などを企画して、お寺に来てもらうための活動を行ってきました。まずは、皆さんのより生活に近いところ、例えば食やヨガと禅を組み合わせてみたり、2014年ごろから職場に出向いて坐禅についてお話したり、お寺以外での活動の場を増やしていきました。

―米国のFacebook本社へ招かれて禅セミナーをされたり、フランス、ドイツ、デンマークでの禅指導など、インターナショナルな活動もされていたんですよね。

伊藤さん
ただ、世界に広げていくには、自分の体一つでは伝え切るのに限界を感じていて。オンラインの方向性を模索していました。そうこうしているうちにコロナによって、来てもらうことも行くこともできなくなって。そんな時に成瀬くんのアイデアを聞いて「あ、それなら一緒にできるな」と。やりたかったことが実現できると思ったんです。

―650年という歴史あるお寺で、坐禅をするためのアプリというのは、かなり挑戦的に思えます。

伊藤さん
伝統というのは変わり続けていくものだと考えています。今までにないものを使う、というのはこれまでも、そしてこれからも起こりうることで。今回はそれがアプリという形だった。ただ、作っていくプロセスでの挑戦というか、新しい気づきはありましたね。

―どういったことでしょうか。

伊藤さん
今まで雑に伝えていた部分があったんだなと改めて感じました。普段はお寺という、禅を伝えるには整った環境で、かつ顔を見ながらお話していたわけで。対してアプリでは、オーディオだけで受け手にアプローチしなければならない。より自身の感性を研ぎ澄ませて、細部まで丁寧に表現する必要がありました。

―歴史のあるお寺と起業家のコラボというのは、かなり珍しいケースかと思うのですが、今回連携できた理由があれば教えてください。

成瀬さん
端的に言うと、2人の趣味が合ったのが大きいかなと。伊藤さんとは一緒に銭湯に行ったり、両足院で展示されているアートを観に行ったりという経緯で仲良くなったので。「仕事としてコラボしたら絶対うまくいくから」というより、前段としての暮らしの趣向性が合ってる部分が大きかったですね。

GAFAの社員も取り入れる「禅の力」

ー Facebookをはじめ、伊藤さんは世界の最先端で活躍するビジネスパーソンを相手に禅を教える機会も多くありますよね。その経験からビジネスと禅の関係性をどう捉えていますか?

伊藤さん
禅をとりいれるビジネスパーソンが世界中で増えていますね。ビジネスにおいて、時に自分の能力や知識だけでは突破できない壁に直面することがあると、知っているからだと思います。

ー 禅が助けになるということですか。

伊藤さん
それを乗り越えるために、自分に今までなかった視点やまわりの環境の力、例えば「庭や鳥の声を聞いて発想が変わる」みたいなことを取り入れてみる。その手段として禅を選ぶ方が多くいるのかなと思います。普段の自分という枠をグッと広げるヒントになる。

伊藤さん
それともう一つ。起業家や経営者は時間に追われてる人が特に多い。そこであえて、禅のような、ある種時間を無駄にしてしまう行いをする。何もしないで、その中で起こることをつぶさに観察する。時間という感覚自体、概念自体を普段と違う角度で捉えてみるんです。

ー 成瀬さんは実際、禅を取り入れるようになって、その経験がビジネスに生かされていると感じますか?

成瀬さん
正直、めちゃくちゃありますよ。忙しくなればなるほど「自分と向き合う」なんて余裕がなくなってしまって、外部環境で心の浮き沈みが出来てきやすい。そういう時に禅に触れると、感情の洪水に呑まれなくなって、何度もエンジンをかけられる。あとは坐禅って、銭湯やサウナに似ているところがあって、物理的にスマホから距離が置けるのが良いんです。

ー 何の情報にも触れない時間って、意図的につくらないと難しいですよね。

成瀬さん
アイデアを出す時には、空白の時間が非常に大事。お風呂の時間もそうですし、あえて移動中は外を眺めてなにもない時間を取ったりもしていて。まさに坐禅もそう。一生懸命ガリガリ仕事して、パッと30分でも空白の時間があって、また仕事をしはじめる。すると、特にアイデア方面のパフォーマンスがグッと上がります。

Kyo-Workingで得られる“自分を整える場所”

ー 近年、名だたるIT企業やコンサルファームが拠点をつくるなど、ビジネス拠点としての京都の価値に注目が集まっています。成瀬さんは、ビジネスの場としての京都が持つ力をどう考えていますか?

成瀬さん
京都は暮らしを豊かにしてくれる力を持った場所ですよね。そもそも僕の中では、ビジネスと暮らしって繋がっていて。今、僕たちのビジネスの仕方って基本的にオンラインで全部できちゃうんです。例えば『InTrip』を作った時も、伊藤さんと1回も会ってないですよね。

伊藤さん
うん、たしかにそうですね。

成瀬さん
一度も会わずにオンラインだけでアプリを完成させられるぐらい、人と会う必要がなくなってきている。じゃあ物理的にその場にいる意味はなにかというと、日々の暮らしに関することだと思うんです。これは完全に僕の主観でしかないんですけど、食事と銭湯が豊かな地域は、ビジネスの拠点に向いていると思ってます(笑)。

ー めちゃくちゃ具体的ですね(笑)。なぜでしょうか。

成瀬さん
僕にとって暮らしの大事な要素を占めてるのが、自分にとって気持ちのいい場所、整えるための場所なんです。銭湯やお寺は“自分を整える場所”に最適。京都は銭湯の聖地ですよね。日本の中でここまでおもしろい銭湯が集まってる地域ってなかなかない。

ー たしかに、個性豊かな銭湯が多いです。

成瀬さん
僕も行きつけのところが5箇所はあって、特に山城温泉、白山湯、五香湯は京都に来たら1日に1〜2回は行ってます。
あとは鴨川もよく行きますね。僕の一番好きなコールドプレスジュース屋が京都にあって、朝にジュースを買って、鴨川沿いに座ってゆっくりするみたいな。

食材と味にとことんこだわったコールドプレスジュース専門店「DAVID OTTO JUICE」。
叡山薬草湯という薬湯が有名な「山城温泉」。

ー オンラインで仕事をする機会が増えているからこそ、自分の心を落ち着けたり、リセットする場所をいろいろ持てたりすることは大切なのかもしれません。

成瀬さん
食の豊かさについても、ご飯がおいしい地域だと人と会う機会も増えるなと実感していています。物理的に人に会うのって会食する時が多いですよね。つまり食の豊かな場所はビジネスの場としても栄えるだろうなと。京都は東京に比べて価格がそこまで高くないのにクオリティが非常に高いですよね。食材もバラエティ豊かで、お店ごとに個性があるのも良い。

ー 京都ではどういったところで食事するんですか?

成瀬さん
伊藤さんと一緒にご飯食べたりする時は京料理でも懐石料理とかが多くて、もちろんそういうハレの食事も好きなんですが。普段の食事だと、僕カレーが好きで。京都はカレー文化も熱いですよね。友人がやってる南インドカレーが大好きで頻繁に食べに行きます。あとは野菜を豊富に扱う食事屋さんとか、その辺をルーティーンで回してますね。

京都市上京区にある「山食音(yamashokuon)」のインドカレー。京都の食堂「PLANTLAB.」と鎌倉の山道具メーカー「山と道」が共同運営しています。

ー 伊藤さんはビジネス拠点としての京都の魅力をどのように考えていますか?

伊藤さん
京都は街歩きが楽しいというのが大きいですね。例えば『InTrip』で新しいアイデアを出さなければという時に、お寺の中でじっと座り込んでいるのではなくて、鴨川を散歩しながら考えることが多いです。会議をする時、チームみんなで散歩しながらアイデアを出し合うこともあります。

ー 京都は散歩する場所には困らないですよね。歩きやすい地形でもありますし。

伊藤さん
そういった散歩コースをいくつか自分でも持っていて、日によって清水寺まで行って帰ってくる時もあれば、八坂神社を通り抜けて岡崎まで行ってまた戻ってくるというのもよくしますね。

成瀬さん
街中に自然が多いのも良いですよね。山の空気が吸いたくなったら電車で30分もすれば三千院や貴船神社にいける。あと僕としては、自転車で京都市内ほぼすべて移動できるのが、めちゃくちゃ使い勝手が良い。ご飯からお風呂に行って遅くなっても終電を気にしなくて良いので、この絶妙なコンパクトさがありがたいです。

柔軟に耕せる土壌がイノベーションの種を育む

ー 逆に、京都に感じている課題があれば教えてください。今後のイノベーションの種になるかもしれません。

成瀬さん
僕は、一人当たりの消費単価の安さに課題を感じています。京都観光って文化財を中心に人が集まる形をとってますよね。文化財って維持管理にとてつもないお金がかかるのに、財政が困難だと設備投資ができず、ビニールシートをかけたままなんてことにもなっている。入館料なんて、サグラダファミリアが3,000円ぐらいかかるのに、京都のお寺って500〜600円じゃないですか。

ー 世界と比べてみるとかなり安いですね。

成瀬さん
だからといって単に値上げするという話ではなくて。消費単価を上げるためには、場所を提供して終わりではなく、きちんと付加価値を提供する必要がある。そういう点で『ON THE TRIP』のような音声ガイドで物語を伝える取り組みが、有効になってくると考えています。今は「風の時代」と言われていますが、風とは動くことではなく、目に見えないエアーのこと。物質的ではないことの価値が高まっています。旅も同様に、目に見えない物語を多くの人が求めていると感じます。

ー 伊藤さんは実際にお寺を経営されている立場、京都の課題をどう捉えていますか?

伊藤さん
観光で求められる内容が、どんどん本物の体験になってきていると感じます。色々と体験して回りたくなるので1箇所にかける時間は、ゆっくりしても2時間程度のイメージ。人が深く感動したり、生き方のヒントを得るためには、もう少し時間をかけてもいいのでは、と思います。心の琴線に触れるような深い体験を提供していこうという動きがもっと増えると良いですよね。

ー たしかに、わざわざ足を運ぶ意味をもっと感じてほしいですね。

伊藤さん
それに、宿泊もしてもらって、京都の早朝をぜひ体験して欲しい。
朝陽が昇る時間帯の神社や寺、単に鴨川のほとりの風景でもいい、そこで感じ取れるものがとても大きいので。京都の土地が古くから持つ強みを生かすためにも、もう少し深い体験の提供ができないものかと考えています。

建仁寺の塔頭、両足院庭園。通常非公開だが、初夏の半夏生の開花に合わせて特別公開が行われる。

ー 新しい価値の創造に向けて、なにを意識すれば良いのでしょうか。

伊藤さん
“風土”という言葉があります。抽象度の高い例えですが、京都にある老舗や古くからの寺社などは、そのなかで“土”の要素が強いと思っていて。そこに新しい風が吹き、新しい種が持ち込まれて、芽が吹く。これこそがイノベーションだと思うんです。
大事なのは、土を守り続ける人が考えなしに同じものだけを育てるのではなくて、いつでも柔軟に耕せる場所を用意しておくこと。たとえばお寺だったら“お寺の在り方ってどうなんだろう”と常に考え、時には疑いながら、今までのやり方を問い直すことが必要です。

ー なるほど。風と土、伝統とイノベーション、それぞれの役割があると。

伊藤さん
成瀬さんなんてまさに“風”の人。いろんなところを飛び回る中で得たものを種にして、今回、京都という土地に新しい芽を落としてくれました。全然思ってもみなかった作物が採れるかもしれないし、できた作物によって「自分がやろうとしてたことってこっちの方向でよかったんだ」と確信に変わることもある。イノベーションはそういうものの連続ではないでしょうか。

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